チャーリーに捧ぐ

2023 Summer:Hommage to Charlie

 「エチュードプロジェクト」のスタートを切るこの作品は、何とスヌーピーの短編アニメーション映画に啓示を得ています。


“She’s a Good Skate, Charlie Brown” (「彼女っていい人だね、チャーリー・ブラウン」)は、1980年2月に初回放送されたチャールズ・シュルツ原作の短編アニメーション映画です。
 英語の“good skate”は、俗語で「良い人」という意味があり、「skatingスケート」と言葉遊びをしています。(邦題「スヌーピーのスケートレッスン」はApple TV+などで有料視聴可能)


 このアニメの主人公は、ペパーミント・パティ。彼女は、チャーリー・ブラウンの学校友達でスポーツ万能な女の子として描かれます。気さくで活発、でも自分の思うままに行動して人のことなどお構いなし、というところがあるのは皆さんご存知のところでしょう。そんなお構いなしの彼女ですが、(他の子供たちと違って)チャーリー・ブラウンを全く馬鹿にしない点では確かに、「気の良い」女の子とも言えるのかもしれません。
 この短編映画でペパーミント・パティは、フィギュアスケートに熱心に取り組み、コーチはスヌーピーが務めています。原作者シュルツは、生涯スケート文化を愛し、自分でもホッケーチームを率いて、ついに私設アイスリンク(Snoopy’s Home Ice @ Santa Rosa, USA 現存)を建設するほどでした。シュルツがこの短編映画で残している名言は、彼がどれほど氷上文化を愛しているかを物語っています。


“There are three things in life that people like to stare at: a flowing stream, a crackling fire, and a Zamboni clearing the ice.”
「人生で、人が好んでじっと見つめてしまうものが3つある —— 流れる小川、はぜる火、そして製氷するザンボ。」

[註:「ザンボ」とはザンボニー(整氷車)の日本での略称]


 さて短編映画中、ペパーミント・パティは大事な大会で勝つために、日の出前から凍てつく池に練習に出かけ、うるさ型のスヌーピーコーチの特訓を受けています。その二人の特訓をスヌーピーの相方であるウッドストックも、興味深そうに見守っています。この映画の魅力は、フィギュアスケーターの練習や日常が細やかに描かれている点であり、見ている者を飽きさせません。しかも練習や試合のスケーティングの様子が、単なる略筆的なアニメーションではなく、ロトスコープ(実写から映画に落とし込む)の技法によって、正確に再現されています。フィギュアスケートをよく知る者なら、スケーティングやジャンプの細部まで堪能することができるでしょう。そのロトスコープには、シュルツ氏の娘の他2名のスケーターが協力しているそうです(Mary Ellen Kinsey, Amy Schulz, Karen Hutton)。


 そして肝心の試合の本番、準備万端で臨んだペパーミント・パティでしたが、試合会場では音響係を務めるスヌーピーが、彼女の音源をかけた途端、カセットテープが突然壊れてテープが溢れて飛び出し、危機一髪となってしまうのです。
 そこで一計を案じたのが、ウッドストック—— 彼は練習の時からうっとりと聞いていたあの楽曲「私のお父さん」を、いつのまにそらんじたのか、機転を利かせ、口笛で見事な演奏をしてスケーターの演技を最後まで支えたのです。そのおかげで、ペパーミント・パティは完璧な美しい演技で優勝することができたのでした。


 アニメーション内の楽曲「私のお父さん」(O mio babbino caro プッチーニのオペラ『ジャンニ・スキッキ』中のアリア)は、オペラ調の朗々たる音色の口笛で、かすかにハモンドオルガンの伴奏が素朴な音で、それを支えます。
 口笛の長く余韻を残す音は、フィギュアスケートの滑らかな身体運動に実によく連動し、しかも懐かしさも醸し出すハモンドオルガンと口笛の演奏は、厳しい冬の氷上文化へのオマージュにも聞こえてくるのです。

 本エチュード作品である《チャーリーに捧ぐ》は、そのようなシュルツ原作アニメの中に登場するペパーミント・パティの演技へのオマージュとなっています。町田樹振付の要所要所には、アニメーション動作が引用されています。つまり複数のスケーターの滑走動作が、ロトスコープでアニメショーンに変換されたわけですが、今回は逆にそのアニメの動作を、再び現実の世界で再現する、という面白い試みをしてみました。


 ところで、かつて日本フィギュアスケート界では、トウループのことを「チャーリー」と呼んでいたことをご存知でしょうか。90年代までは、多くのスケーターが「チャーリー」という用語を使っていましたが、今ではすっかり死語になってしまいました。
 実は本作は、チャーリーことトウループを集中的に練習するための習作(エチュード)にもなっています。
 トウループというジャンプには、主に二つの導入動作があります。一つは、モホークから入る方法。そしてもう一つが、スリーターンから入る方法です。本作中で用いられている二つのジャンプはいずれもトウループですが、このモホーク導入とスリーターン導入の両導入方法を練習することができる仕組みとなっています。


 このような意図で制作された本作《チャーリーに捧ぐ》には、二つの意味のオマージュが込められています。それは何よりも、“She’s a Good Skate, Charlie Brown”というアニメ作品とその作者であるチャールズ・シュルツ氏に対する「敬愛」、そしてもう一つは、トウループのかつての呼び名であるチャーリージャンプに対する「懐旧」です。
 使用する音楽は、もちろんアニメの中でペパーミント・パティが演技に用いていたプッチーニ作曲の「私のお父さん」です。この作品のために今回、若い演奏家たちと全く新しく音源を共同制作しました。演奏は、口笛奏者の青柳呂武さんとハープ奏者の小幡華子さんによるオリジナル演奏—— フィギュアスケート界ではこれまで、口笛演奏の前例がほとんどありませんが、青柳さんと小幡さんの絶妙なハーモニーは、流麗なスケーティングに、実によく合うことにも気づくことでしょう。


 皆さんもぜひ、シュルツ氏のスケートへの愛や、私たちが思いをはせるフィギュアスケート文化を感じながら、青柳さんと小幡さんの奏でる素晴らしい音の波に、気持ちよく乗って滑ってみてください。
 多くの方に滑って頂き、長く愛される作品となることを、制作に関わった者全員が心から祈っています。


Art Direction(監修):Atelier t.e.r.m
Choreography(振付):Tatsuki Machida(町田樹)
Performance(実演):Tatsuki Machida & Any Skaters
Costume Design(衣装デザイン):Atelier t.e.r.m
Music(音楽):O mio babbino caro
Composer(作曲):Giacomo Puccini
Whistling(演奏):Romu Aoyagi(青柳呂武)
Harp(演奏):Hanako Obata(小幡華子)
Arrangement(編曲):Romu Aoyagi & Hanako Obata(青柳呂武&小幡華子)
Music Editor(音楽編集):Keiichi Yano(矢野桂一)& Kaji Atsushi(梶篤)
Costume Production(衣装制作):Masumi Kawasaki(河崎眞澄)/ Chacott(株式会社チャコット)
Camera(撮影):Kiyoyuki Kato(加藤清之 / グランシェルピクチャーズ)
Kohei Nishimura(西村光平)
Mieko Takamizawa(高見澤美栄子)
※2023年3月13日音楽レコーディング(@Sound City 世田谷スタジオ)
※2023年5月3日動画撮影(@KOSÉ新横浜スケートセンター)
※舞台提供、照明・音響についてはプリンスアイスワールドにご協力いただきました。



本エチュード作品を滑る上での学習ポイント
■習得技術 トウループジャンプ[=チャーリージャンプ]
■習得表現 音の波に乗る(音楽に乗る / 身体で歌う)



◆エチュード#1−1 《チャーリーに捧ぐ》演技映像



◆エチュード#1−2 《チャーリーに捧ぐ》作品解説



◆エチュード#1−3 クリエイティブ・コモンズ・ライセンスについて