ショパンの夜に(La nuit de Chopin)

2022 Spring:La nuit de Chopin

 このフィギュアスケート作品は、ショパン(Frédéric Chopin, 1810-1849)の《24のプレリュード作品28》を構成する24曲のうち、第4番と第24番(最終)を使用している。
 もの悲しくすすり泣くような第4番(第一曲)。そこから一転して激情の奔流となる第24番(第二曲)。本来独立している二曲を、連続して氷上の舞台に響き渡らせる。
 《ショパンの夜に》という題名は、Atelier t.e.r.mによる4年間の構想を経て、今回の作品のために新しく考案されたもの。「ショパンの夜に」どうするのか、どうなるのか——、その解釈は演者と、観者の双方に委ねられる。


 演奏は、1990年ショパン国際ピアノコンクール第3位受賞の横山幸雄(第一曲)と、NHKで放送されたTVアニメ「ピアノの森」(2018〜2019年)で主人公・一ノ瀬海の演奏を担当した匿名ピアニスト(第二曲)。かつて横山は、ショパンのピアノソロ全166曲を一日で弾く、という快挙を成し遂げたピアニストだが、正確無比なテクニックと深い理解を示す実力派。一ノ瀬海は匿名とされるが、緻密なテクニックと絶妙な「間」を使い分け、駆動力のあるドラマティックな演奏で、聴く者を唸らせる。
 第一曲のもの悲しい旋律の奥に響いているのは、雨だれの音か—— 男は、しとしとと降り募る雨の夜に深く物思いに沈み、追憶と後悔、失われた甘い夢の跡にたゆたう。悲哀に沈む静けさから、狂気とすれすれに隣り合う激情へと一気に転化するのは、ショパンの音楽によく出現する現象である。第二曲は作品28の最終曲であり、何かに絶望しながらも、希望に手を伸ばし、しかしそれが叶わず怒り、荒れ狂う。その精神は最後、自らに鉄槌を下すかのように終わる。西洋音楽において「ダーン、ダーン、ダーン」と繰り返される音は、棺桶を石で三度叩いて死者を葬る儀式の音になぞらえられる。果たして男は、何に向かって最後の鉄槌を下し、しかもなお、いかに在ろうとしたのか——


 本作の初演を務めたのは、平昌オリンピック代表をはじめ、数々の競技成績を収めた田中刑事さん。田中さんは2022年4月11日に競技引退を表明し、プロへと転向した(4月29日、プリンスアイスワールドにて引退会見)。
 そのような門出を迎えた田中さんが、PIW横浜公演においてプロ第1作品として最初に演じた本作を、共に創り上げたことを嬉しく思っています。



Art Direction(監修):Atelier t.e.r.m
Choreography(振付):Tatsuki Machida(町田樹)
Performance(実演):Keiji Tanaka(田中刑事)
Costume Design(衣装デザイン):Atelier t.e.r.m
Music(音楽):24 Preludes, Op.28, No.4 & No.24
Composer(作曲):Frédéric Chopin
Piano(演奏):No.4=Yukio Yokoyama(横山幸雄)
From [King Records, KICC919, プレイエルによるショパン・ピアノの独奏曲全曲集7]
No.24=Kai Ichinose(一ノ瀬海)
From[Denon, COCQ85453-4, ピアノの森:一ノ瀬海・至高の世界]
Music Editor(音楽編集):Keiichi Yano(矢野桂一)
Costume Production(衣装制作):Masumi Kawasaki(河崎眞澄)/ Chacott(株式会社チャコット)