“Ave Maria” by Chris Botti

2016 Autumn:Ave Maria

 「祈り」とは、人が静謐な時のなかで希望と感謝の意を天に捧げる瞬間です。それはいつの時代も、いかなる文化圏においても、大事にされてきた普遍的な人の営みと言えるのではないでしょうか。

 今回使用する楽曲は、シューベルト(Franz Peter Schubert, 1797-1828)作曲の”Ave Maria”です。もはやこの曲を知らない人はいない、といっても過言ではありません。ヨーロッパの古い「聖母マリア信仰」を背景として作曲されたこの曲は、長い間、世界中で受容されてきました。そして今やその旋律は、キリスト教を超えた「祈り」そのものの表象として、私たちの心の奥底にまで浸透しています。

 演奏するのは世界的なトランペッターであるクリス・ボッティ(Chris Botti, 1962- )。彼が2008年9月、ボストンのシンフォニー・ホールで開催したライブの収録音源を使用しています。同ライブは、クラシック、ジャズ、ポップス、ロック等のジャンルを超えて、様々なアーティストがクリス・ボッティとの共演を果たした伝説的なコンサートです(素晴らしい映像作品も公表されています)。そしてこのライブの開幕を告げるようにして演奏されたのが、”Ave Maria”でした。
 思えばこれまで、トランペットに合わせたフィギュア作品はほとんどありません。ジャンルを超えたセッションに、スケートの身体表現でもって加わることができたとしたら、それはどんなに素晴らしいことか—— 。
 まるで天から降り注いでいるかのようなトランペットの澄んだ音色と、氷の上に描かれるスケートの流れるようなトレースとが一体となる時、図らずも音楽とスケートの豊潤なコラボレーションが生まれるはずです。

 この度、はじめてジャンプを組み込まないフィギュアスケート作品を制作しました。 マドンナブルーに染まった氷上に奏でられるトランペットのこのアヴェ・マリアには、もはやジャンプを取り入れることの必要性は感じられません。ロングトーンをはじめ音色に凝らされる技巧は、すでに技巧を超えて瞑想の域にまで達しています。既存のルール、価値体系に縛られることのないフィギュアスケート—— Patinage artistique(「芸術的スケート」仏語表現)のひとつの方向性を示そうとするこの作品もまた、未来のフィギュアスケート界に捧げるささやかな「祈り」なのです。

Art Direction (監修):Atelier t.e.r.m

Choreography (振付):Tatsuki Machida (町田樹)

Costume Design (衣裳デザイン):Atelier t.e.r.m

Music (音楽):Ave Maria
From Chris Botti in Boston [UCCU-1260, Decca Music Group, 2009年10月]
*2010年グラミー賞・最優秀ポップスインストゥルメンタルアルバム賞ノミネート作品

Composer (作曲):Franz Peter Schubert

Trumpet (演奏):Chris Botti

Conductor (指揮):Keith Lockhart

Orchestra (演奏):Boston Pops Orchestra

Music Editor (音楽編集):Keiichi Yano (矢野桂一)

Costume Production (衣裳制作):Satomi Ito (伊藤聡美)

Photo (写真):Masaharu Sugawara (菅原正治) / Shintaro Iba (伊場伸太郎)
Song Jaesung (宋在晟)

Performances (公演記録):

Japan Open 2016 (Saitama), Oct. 1st 2016

photo by: © Japan Sports