Swan Lake:Siegfried and His Destiny

2017 Autumn:Swan Lake:Siegfried and His Destiny
(白鳥の湖:ジークフリートとその運命)

 本フィギュアスケート作品は、バレエ「白鳥の湖」に登場する王子ジークフリートに焦点を当て、彼の内面の物語を全三幕で描く作品となっています。これまで数え切れないほど多くのフィギュアスケーターがチャイコフスキー作曲の「白鳥の湖」で滑ってきましたが、意外にも男性スケーターが明らかにジークフリート役を演じるプログラムは、いまだかつて前例を見ません。
 通常、古典バレエの舞台では、悪魔ロットバルトによって白鳥にされてしまったオデットと王子ジークフリートをめぐる運命の物語が二時間以上かけて表現されていきます。本フィギュア作品では、こうした長い時間軸の中で展開していく物語を凝縮、再編し、「6分間の氷上舞踊劇」として提示することを試みました。王子ジークフリートの運命を、フィギュアスケートのプログラムというきわめて短い時間の中に凝縮させることで、彼の内面を圧倒的な強度をもって表現することが可能となるはずです。

 バレエ「白鳥の湖」は、1877年にボリショイ劇場における初演(ユリウス・レイジンゲル振付)以降、数多くの振付家によって改変され続けてきた作品です。1895年にはマリウス・プティパとレフ・イワーノフによって、現在上演されている「白鳥の湖」の原典版が制作されました。その後もこの原典をもとに改訂が重ねられアレクサンドル・ゴルスキー版(1901年)、アグリッピナ・ワガノワ版(1933年)、コンスタンチン・セルゲーエフ版(1950年)、ウラジミール・ブルメイステル版(1953年)をはじめ、バリエーション豊かな「白鳥の湖」が上演されました。これらの作品において各振付家の関心は専ら、白鳥(オデット)・黒鳥(オディール)の表現方法や作品全体の構成に向けられていたようです。
 ところが、1964年のルドルフ・ヌレエフ版において初めて王子ジークフリートの存在が見直されて以降、ジョン・ノイマイヤー(1976年)、マッツ・エック(1987年)、マシュー・ボーン(1995年)によって王子を物語の中心に据える作品が立て続けに創作されてきました。中でもマシュー・ボーン版「白鳥の湖」は、舞台設定が現代的であったり、白鳥を男性が踊るなど、古典作品とは大きく異なる舞台となっていますが、ボーンの卓抜した演出と振付によって王子の深層心理を巧みに描写する作品として、ひときわ光彩を放っています。本フィギュア作品は、ヌレエフ版以降にみられる王子を物語の中心とする「白鳥の湖」の系譜に連なる作品を目指して、制作しました。
 ただし、従来のバレエ作品において王子ジークフリートは性格の弱い青年として描かれる傾向にあります。それに対し今作Atelier t.e.r.m版では、ジークフリートが、オデットの死によって初めて愛するということの意味を悟り、それゆえに自死を選びとるその強さに、彼の魂の自立を見る—— という新たな解釈を提示します。運命から解き放たれたジークフリートの、高潔で気高い精神を氷上において昇華させることこそが、今作「ジークフリートとその運命」の最大の特色となっています。

 以下、今回の舞踊劇のあらすじを紹介しましょう。

 

第一幕 独白 —— 王子の孤独

 両親の愛に恵まれず孤独な青年だった王子ジークフリートは、ある日、女王から結婚を命令されます。しかし、結婚の意思がいまだない王子は、やりきれない思いを抱えることになります。王家に生を享けた彼には、もはや周囲によって厳然と敷かれたレールの上に進行していく運命を受け入れるのみであり、自由意志というものは許容されないのです。そんな孤独と憂鬱のさなか、偶然にも王子は、湖のほとりで心から愛する女性に巡り会います。その女性こそがオデットです。第一幕では、そんな王子の王位に対する憂鬱と純愛への渇望を描いていきます。


第二幕 偽りの愛

 宮廷で開かれているパーティーで、王子は、悪魔ロットバルトが差し向けたオディールという女性に出会います。ですが、王子はそれがロットバルトの罠であることも知らず、オディールをオデットと思い込んでしまいます。そしてオディールへ愛を誓ってしまうのです。第二幕では、取り返しのつかない過ちを犯してしまった王子の絶望が描かれています。この局面に至ると、彼の運命はもう、ある一つの結末へと不可逆に進行していくことになります。


第三幕 ジークフリートの死 —— あるいは永遠の誓い

 心から愛したオデットを思わぬかたちで裏切ってしまったジークフリートは、再びオデットに会い、許しを請います。そこに、無情にもロットバルトが二人の仲を裂こうと立ちはだかります。ここでジークフリートは、ロットバルトという「運命」と対峙し、それに挑んでいきます。しかし王子の抵抗も虚しく、もはや逃れる術もない運命であることを悟ったオデットは、身を投げてしまいます。それを追うようにしてジークフリートは、初めて自らの意思をもって死を選ぶのです。王子の肉体は滅びますが、その魂がオデットに対する永遠の愛を誓う時、彼は人間としての自立と誇りを獲得するのです。

 

 マリインスキー劇場のバレエ団が来日し、国内で初めて「白鳥の湖」が上演された年(1916年6月、於:帝国劇場)から、2016年で100周年を迎えました。このように長い歴史の中で変遷をたどってきた様々なバレエ「白鳥の湖」から多大なインスピレーションを得ながら、今作ではとりわけ、その物語をフィギュアスケートの伝統的なステップの様式(ストレートライン、サーキュラー、サーペンタイン)でいかに表現できるかに取り組みました。また独り舞台の形式で物語を展開させるべく、振付にマイムや演劇的な身振りを取り入れています。  音楽は、2017年現在マリインスキー劇場芸術総監督ワレリー・ゲルギエフ指揮の素晴らしい演奏に触発されました。物語に登場する人物たちの息遣いが聞こえてきそうなほどに繊細で、かつ荘厳な演奏に共鳴するかのように、それまで力なく律動していたに過ぎなかったジークフリートの運命の歯車は、やがて彼自身の意思の力でドラマティックに動き始めるのです。

Art Direction (監修):Atelier t.e.r.m

Choreography (振付):Tatsuki Machida (町田樹)

Costume Plan (衣裳原案):Atelier t.e.r.m

Music (音楽):The Swan Lake, op.20 より
[UCCP-1124/5, Decca Music Group, 2007年]

Composer (作曲):Pyotr Ilyich Tchaikovsky

Conductor (指揮):Valery Abisalovich Gergiev

Orchestra (演奏):Orchestra of the Mariinsky Theatre

Music Editor (音楽編集):Keiichi Yano (矢野桂一)

Costume Support (衣裳協力):Yuki Shidara (設楽友紀)