Don Quixote Gala 2017:Basil’s Glory

2017 Spring:Don Quixote Gala 2017:Basil's Glory
(ドン・キホーテ ガラ 2017:バジルの輝き)

 舞台はスペイン・バルセロナ。宿屋の娘キトリに恋心を抱く青年バジルの物語が始まります——。これはスペインの作家セルバンテス(Miguel de Cervantes Saavedra, 1547-1616)が、17世紀初頭に上梓した長編小説『Don Quixote』の一場面(同小説後編、第19章〜22章)。レオン・ミンクス(Léon Fedorovich Minkus, 1826-1917)の音楽と、マリウス・プティパ(Marius Petipa, 1818-1910)の振付によるバレエ作品(1869年初演、ボリショイ劇場)によって、舞台化された有名なシーンです。
 今回Atelier t.e.r.mは、この古典バレエ《Don Quixote》にインスピレーションを得て、活気溢れるその世界を氷上のガラ公演として仕上げてみました。

 本フィギュア作品は、”Basil’s Glory”(バジルの輝き)という副タイトルの通り、バルセロナの地で自由闊達に生きるバジルその人に焦点を当て、全三幕構成となっています。従って、音楽もバレエ《Don Quixote》の中から、バジルの見せ場となっている象徴的な楽曲を選り抜いて構成しています。
 第一幕は、名付けて「技のバジル」。古典バレエにおけるバジルのバリエーション(プティパ振付第三幕)の基本構造を踏まえ、フィギュアスケート版バジルのバリエーションとして新たに翻案しました。
 第二幕は「夢見るバジル」。ひたむきに夢を追い求める青年の内面を、フィギュアスケートのダイナミックなエッジワークによって描きました。
 第三幕は「祝祭のバジル」。刈り取ったばかりの麦の穂をベストのポケットに挿したバジルは、豊饒や恋の成就の歓びに満ちた心の赴くままに、祝祭空間をエネルギッシュに踊り、あなたの前を駆け抜けます。
 フィギュアスケート作品として、オーケストラのチューニング音で幕を開ける三幕物の構成は Atelier t.e.r.m発案の新しい試みです。それによって、氷上をあたかも舞台のように仕立て、バジルの多面的な人となりを、三つのエッセンスとして凝縮し、提示することを目指しています。

 思えば、舞台上を快活に踊る「バジル」は、これまで多くのダンサーによって演じられてきた存在です。例えば、現在見られる映像を挙げるだけでも、アメリカン・バレエ・シアター(バジル役:ミハイル・バリシニコフ、映像収録:1983年6月、ワーナーミュージック・ジャパン)、東京バレエ団(同役:高岸直樹、映像収録:2002年10月、新書館)、Kバレエカンパニー(同役:熊川哲也、映像収録:2004年11月、TBS)が上演したDon Quixoteは、「バジル」を語る上で欠かすことのできない名舞台と言えるでしょう。
 一方で、ミンクスの音楽《Don Quixote》は、劇場の世界を超えて、氷上においても、数多くのスケーターたちによって表現されてきました。中でも特筆すべきは、ジョン・カリー(John Curry、
’75-‘76シーズン)、ヴィクトール・ペトレンコ(Viktor Petrenko 、‘87-‘88シーズン)、マーク・ミッチェル(Mark Mitchell、’92-‘93シーズン)、アレクセイ・ウルマノフ(Aleksei Urmanov、’92-‘93シーズン)、スコット・ハミルトン(Scott Hamilton、’99-‘00スターズオンアイス, 振付:サラ・カワハラ)、本田武史(’00-’01 / ’01-‘02シーズン、振付:ローリー・ニコル)などです。彼らは必ずしも青年「バジル」の物語を演じているわけではないのですが、それぞれ優れた振付と演技により、今もなお観る人を惹きつけ、私たちの心を沸き立たせます。

 本フィギュア作品では、こうした過去の名作とパフォーマーにオマージュを捧げています。いわゆる記録は上書きされていくものですが、創作性豊かな振付や心に響く演技は、やがて「型」となり多くのパフォーマーによって踊り継がれ、そして人々の記憶の中に織り込まれていくはずです。「バジル」をめぐる数々の作品やパフォーマンスの延長線上に存在する今回の作品も、まさに型の「引用」と、「独創」的なアイディアによって編まれたものなのです。

 ところで、本作の第三幕で登場するバジルのベストのポケットには、金色に輝く実り豊かな麦の穂の刺繍を施しています。この麦の穂に、私たちは「生きる歓び」という、独自の想いを込めました。決して裕福でない青年バジルが、それでもなお今という時を楽しみ、自由闊達に踊る姿には、まさに「この日を捕らえよ」(”Carpe diem” ホラティウスの言)の精神がみなぎっているのです。

Art Direction (監修):Atelier t.e.r.m

Choreography (振付):Tatsuki Machida (町田樹)

Costume Design (衣裳デザイン):Atelier t.e.r.m

Music (音楽):Don Quixote より
[8.557065-66, NAXOS, 2003年]

Composer (作曲):Léon Fedorovich Minkus(Ludwig Aloisius Minkus)

Conductor (指揮):Neyden Todorov

Orchestra (演奏):Sofia National Opera Orchestra

Music Editor (音楽編集):Keiichi Yano (矢野桂一)

Costume Production (衣裳制作):Yuki Shidara (設楽友紀)